『十三番目の排他論理――あるいは、雨滴の悲鳴による解脱の儀について』

思考を整理しよう。私は今、深夜三時の無人のコンビニエンスストアに立っている。  この文章は、ある種の記録(アーカイブ)だ。論理的に構成された現実が、いかにしてその輪郭を失い、不条理という名の真実に収束していくか。その過程を冷静に、かつ精密に記述するための試みである。

 外は嵐だ。しかし、それを「嵐」と形容するのは、言語の敗北に近い。窓硝子を叩くのは雨粒ではなく、数千、数万の人間が上げる絶望の悲鳴だ。大気が震え、鼓膜を震わせる。それは音響学的な解析を待つまでもなく、明確な意志を持った「叫び」であった。空から降り注ぐ水滴が路面に叩きつけられるたび、断末魔が弾ける。私は耳を塞ぐという選択肢を捨てた。なぜなら、その悲鳴こそがこの世界の正確なBGMであり、背景音として受容すべき定数であるからだ。

 まず、状況を定義する。  場所。コンビニエンスストア。この空間は、本来、過剰なまでの光と秩序によって支配されている。白、青、赤のコーポレートカラー、整然と並んだ商品棚、一定の温度を保つ什器。ここには予測不能な事態など存在しないはずだった。しかし、今の私にとって、この空間は幾何学的な迷宮に変貌している。  原因。私の皮膚の下で、何かが蠢いている。右腕の尺骨に沿って、指先ほどの大きさの「何か」が、筋肉の隙間を縫うように移動している。それは脈動ではなく、意志を持った蠢動だ。私はそれを、論理的に説明しようと試みた。寄生虫か。あるいは、血管の痙攣か。しかし、その「何か」は私の思考に反応する。私が右を見れば、それは左へ逃げる。私がその存在を無視しようとすれば、それは皮膚の裏側を鋭い爪で掻き毟るような感覚を与える。  不快感はそれだけではない。口の中に、長い、あまりにも長い髪の毛が絡みついている。舌の付け根から喉の奥、そして歯茎の隙間に至るまで、細い絹糸のような、しかし鋼のように強靭な黒髪が密に絡み合っている。それを指で摘み出そうとしても、端が見当たらない。手繰り寄せても、手繰り寄せても、胃の底から無限に湧き出してくる。私はそれを嚥下することも、吐き出すこともできず、ただ湿った不快感を咀嚼し続けている。

 さて、ここからが本題だ。私は自らの「正常性」を確認するため、一つの実験を繰り返している。  それは、自分の指を数えるという行為だ。  左手を目の前に掲げる。  一、二、三、四、五。  よし、五本だ。極めて妥当な数字だ。  視線を一度外し、外の悲鳴(雨音)を聞く。そして再び手を見る。  一、二、三、四、五、六、七。  二本増えている。その二本は、既存の指の間から、まるで新芽のように不自然な角度で生えていた。痛みはない。しかし、関節の数も長さも、既存のそれとは一致しない。  私は瞬きをし、強く目を瞑る。そしてもう一度数える。  一、二、三。  今度は三本しかない。親指と、見たこともないほど長い中指、そして小指。薬指と人差し指があった場所は、滑らかな皮膚に覆われ、最初から存在しなかったかのように痕跡も残っていない。  数えるたびに、私の末端は再構成される。これは数学的なエラーだ。一足す一が二にならない世界で、私は論理を組み立てなければならない。私の指の総数は、観測されるたびに確率的に変動する不確定要素と化した。

 私の手には、一つの「錨」がある。  それは、文房具コーナーの什器の下に落ちていた、一本のカッターナイフだ。  ステンレス製のボディには、どす黒い、決して消えない血痕が付着している。私はそれをコンビニの洗剤とブラシで洗ってみた。アルコールを注ぎ、研磨剤で擦った。だが、その血痕は薄れることさえない。それどころか、洗えば洗うほど、血の赤みは鮮烈さを増していく。  このカッターナイフだけが、変容し続けるこの世界において「不動の点」として機能している。指の数が変わろうとも、雨が悲鳴になろうとも、この刃についた血だけは変わらない。これは私にとっての、論理の出発点である。

 そして、最も不可解な「法則」について述べねばならない。  それは、私の背後にいる「彼」のことだ。  私は一人だ。この店には店員も客もいない。自動ドアはロックされている。しかし、私が歩き出すと、三歩遅れて靴音が聞こえる。  タン、タン、タン。  私の歩幅、私のリズム、私の呼吸と完全に同期しながら、常に三歩後ろを歩く存在。私が急停止すれば、そいつも三歩進んで止まる。鏡を見ても、防犯カメラのモニターを見ても、そこには私の姿しか映っていない。だが、背後の「気配」は、密度を伴って存在している。そいつは、私が指を数える様子を、私の口から溢れる髪の毛を、私の皮膚の下で蠢く何かを、じっと観察している。  私は仮説を立てた。これは「鏡像の遅延」ではないか。私という存在が、時間軸において二分され、その片方が三歩分だけ過去に取り残されているのではないか。あるいは、未来の私が私を追い越そうとしているのか。

 時計を見た。午前三時十三分。  今日は十三日の金曜日だ。  このコンビニエンスストアには、数え切れないほどの「扉」がある。  自動ドア、トイレのドア、バックルームへのドア、リーチイン冷凍庫の扉、スタッフルーム、倉庫、電気室、掃除用具入れ……。  私は論理的に数を数え始めた。狂いそうになる意識を、「数え上げる」という理性の鎖で繋ぎ止める。  一、入口の自動ドア。  二、三、四、五。飲料水が並ぶリーチインのガラス扉。  六、トイレの個室。  七、スタッフルームの木製扉。  八、バックルームへのスイングドア。  ……。  そして私は見つけた。この店舗の設計図には存在しないはずの、しかし確実にそこに存在する、十三番目の扉を。  それは、レジカウンターの真裏、通常はタバコの棚があるはずの場所の裏側に、ひっそりと、だが厳然として佇んでいた。  煤けた鉄の扉。取っ手には古い真鍮の鍵穴があり、そこから冷たい、ひどく冷たい風が吹き出している。  禁忌。タブー。  私の脳内に、古い言い伝えのような声が響く。  「十三日の金曜日に、十三番目の扉を開けてはいけない」  なぜか。その理由は語られない。しかし、論理的に考えれば明白だ。扉とは境界であり、十三番目とは欠損した、あるいは過剰な異物だ。この壊れた世界において、その扉の先にあるのは、さらなる混沌か、あるいは「無」である。

 皮膚の下の「何か」が、激しく暴れ出した。  口の中の髪の毛が、喉を締め付け、呼吸を妨げる。  私はカッターナイフを強く握りしめた。血痕のついた刃を繰り出す。カチ、カチ、カチ。その無機質な音だけが、嵐の悲鳴の中で唯一の理性的言語のように聞こえた。  背後の「三歩後ろの奴」が、一歩、距離を詰めた。  今、そいつは私の二歩後ろにいる。  さらに一歩。  一歩後ろ。  ついに、気配は私の背中に重なった。  私と「そいつ」が融合する。その瞬間、私は理解した。  この皮膚の下で蠢いているのは、私自身の指だったのだ。  口の中に絡みついているのは、私自身の神経だったのだ。  そして、雨音を悲鳴に変えていたのは、他でもない、私の喉だった。  私は叫んでいた。この店に入ってからずっと、いや、この世界がバグを起こし始める前から、私はずっと絶叫していたのだ。ただ、私の意識が、その事実を「論理」という膜で覆い隠し、外部の現象として処理していたに過ぎない。

 叙述的な錯誤はここで終わる。  私は探偵ではない。犯人でもない。私は、このバグだらけの現実そのものを浄化するための「部品」に過ぎない。  カッターナイフを、十三番目の扉の鍵穴に差し込む。サイズは完璧に一致した。まるでこのために作られた鍵であるかのように。  扉の向こう側から、目も眩むような「白」が溢れ出してきた。  それは光ではない。色彩の不在。音の不在。意味の不在。  完全なる浄化。    私は思う。  指が何本あろうと、それが誰を指し示していようと、もう関係はない。  皮膚の下の蠢動が、私の肉を内側から食い破り、美しい解脱を促している。  私はこのカッターナイフで、自分という名の「最後のエラー」を切り刻まねばならない。  それが、この閉ざされた空間における唯一の論理的帰結だ。

 私は笑う。  口から溢れる黒い髪の毛を、まるで祝福のリボンのように引きずりながら。  外では、雨が止んだ。  悲鳴が止んだのではない。  悲鳴が、歌に変わったのだ。

 さあ、浄化の時間を始めよう。  私は十三番目の扉を、ゆっくりと押し開けた。  そこに広がっていたのは、無人のコンビニエンスストアだった。  深夜三時。  嵐の音が、誰かの悲鳴に聞こえる夜。  一人の男が、レジカウンターの前で、自分の指を数えている。  「一、二、三、四……」  私は彼の三歩後ろに立ち、次のステップを待つことにした。    論理は崩壊したのではない。  円環を成し、完結したのだ。    アーカイブ終了。  この事象に、もはや修正の余地はない。